007_「ひとり合宿」のすすめ

目次

「ひとり合宿」をおすすめする理由

——たぶん、必要なのは”時間”そのものではないのだと思います。 必要なのは、自分のことを、自分の言葉で、ゆっくり整理できる “場所と作法” の方。

何もない机と、ノートパソコンと一冊のノート、そして誰にも邪魔されない静かな時間。 そんな環境を、自分のために、自分の手で用意してみる。

私はその試みを、 ひとり合宿 と呼ぶことにしました。

マイレージ修行と、ひとり合宿

このブログを以前から読んでくださっている方なら、 「あれ、マイレージ修行とよく似ているのでは?」と思われたかもしれません。 鋭いところです。

ひとりで目的地へ向かう、観光が目的ではない、日常の役割を一時的に外す—— そういう意味では、ひとり合宿はマイレージ修行と地続きの行いです。

ただし、決定的に違う点が一つあります。 それは、 ひとり合宿には”目的”がある ということ。

マイレージ修行は、到着地での目的のなさそのものを引き受ける時間でした。 やることがないからこそ、自分の中の細かい感情が、ふと浮かび上がってくる。

一方、ひとり合宿は、出かける前にあらかじめ「これと向き合おう」とテーマを決めて出かけます。 “問い”を携えて、静かな場所で、その問いとじっくり話す。 そういう、目的のある “自分との対話の旅” です。

ひとり合宿の目的を決める

【コラム】2泊3日、海辺の宿にひとりで籠もった
昨年の秋、私は2泊3日のひとり合宿をしてきました。 木曜から有給休暇を取り、海辺の観光地にある宿へ、ひとりで向かったのです。

現地には車で出かけ、お昼ごろに到着。まずは、地元で有名な漁港の食堂で海鮮丼を食べました。
その後、車で周辺を回ります。 途中、昨年閉館したという広大な観光施設の横を通りました。門は閉ざされ、広い駐車場に車は一台もありません。
——観光地といえども、少子高齢化の波にはあらがえないのだな。 そんなことを思いながら、チェックインの時間ちょうどに、宿に到着しました。
部屋に荷物を置いて、まず向かったのは温泉の大浴場です。 運転の疲れと汗を流し、上がってから、冷えたビールでのどを潤しました。この一杯が、私の合宿の開会式です。旅先で、湯から上がったあとの一杯。 これほど非日常を際立たせてくれるものは、なかなかありません。ここから先は日常ではない時間だと、自分に宣言する。 そのための一杯です。
——ただし、飲みすぎて眠くなってしまっては、開会式になりません。 そこは節制して、一杯で切り上げる。これも作法のひとつだと思っています。

最初の30分は、事前に作ってプリントアウトしておいた合宿計画書と、にらめっこです。 Excelで組んだ時間刻みの日程。持ち込んだテーマ。持ち物リスト。
定年後の暮らし方。それに耐えられる投資計画。持ち込んだ本の書評。そして、自分の仕事の仕方をまとめた原稿——四つのテーマを書き出してありました。
どれも、私の将来についての構想です。 日程表の形をしていますが、中身は「残りの時間で何を形にして残すか」の一覧でした。

——同じ紙を、私は出発前に自宅の机でも広げています。 ところが、海の見える部屋で読み返すと、書いてあることの見え方が違うのです。自宅で作っていたときは、これは「やることリスト」でした。 机の周りには日常の続きが並んでいて、頭の隅には明日の仕事がある。その状態で読むと、どうしても”こなすべき予定”に見えてしまいます。それが、窓の外に海のある机で読み返すと、「自分がやりたかったことの一覧」に見えたのです。
同じ文字なのに、です。

この記事の最初に、必要なのは時間そのものではなく “場所と作法” の方だと書きました。 私がそれを本当に実感したのは、たぶんこの30分でした。 予定を確認しているつもりで、自分が何を気にしていたのかを確認していたのです。

計画書を自宅で事前に作って現地に持っていく——この手順は、段取りのためだけではありません。 自宅にいる自分が書いたものを、合宿先の自分が読み返す。 その二人のあいだに生まれる差が、そのまま気づきになります。
それからようやく、テーブルにノートを広げました。 窓の外には海。スマホは機内モード。テレビもつけない。 ただ、自分の頭の中だけを相手にする時間です。
それでも、すぐに言葉が出てくるわけではありません。 頭の中に渋滞していた仕事の細かいことや、来週の予定が、順番に通り過ぎていきます。 それらが一通り通り過ぎたあとで、ようやく、自分が本当に気にしていたことを書けるようになりました。
ただ、いきなりノートに書き始めたわけではありません。 持ち物リストに入れておいた 付箋 を、先に取り出しました。
やり方は単純です。 一枚に、一つだけ書く。 二つ書いてしまうと、あとで動かせなくなるからです。 順序は考えず、とにかく出す。 きれいな文にしなくていい。単語でも、言いかけでも構いません。私は計画書に並べた項目を見出しのようにして、そこから思いついたことを片端から書きなぐっていきました。
出し終えたら、机に並べて動かします。 近いもの同士を寄せていくと、自分が何を気にしていたのかが、かたまりになって見えてきます。
なぜ、ノートに直接書かないのか。 ノートは、順序を決めてしまうからです。一行目を書いた瞬間に、それが話の始まりになる。頭がまだ整っていないうちに、順序だけが先に決まってしまうのは具合が悪い。
付箋なら、順序を保留できます。 動かせるうちは、まだ決めなくていい。
かたまりが見えてから、ノートに移す。 その順番にしてはじめて、手が止まらなくなりました。
——夕方になり、部屋を出て、再び温泉の大浴場につかりました。
午後の思考でやや張り詰めていた頭が、湯気の中でゆっくりほどけていく感覚。 これが、たまらなく心地よいのです。
夕食は、宿の食事処で、ひとり。 海辺ならではの料理に舌鼓を打ちながら、冷たいビールをひと口。 誰とも話さない夕食なのに、なぜか満たされた気持ちになる。
ふと見回すと、周りは観光客と思しき家族連れやカップルばかりでした。 賑やかな食卓がいくつも並ぶ、そのなかに、ひとり。
——ただ、気後れはしませんでした。
同じ宿の、同じ食事処で、同じ料理を食べている。 それなのに、ここへ来た目的だけが、自分と周りとでまったく違う。 そのことが、むしろ新鮮だったのです。
午後の集中と、夜の解放。 このメリハリが、想像していた以上に新鮮で、深く心に残りました。
ひとり合宿は、ストイックな修行ではない。 しっかり考え、しっかりほどく——この振れ幅こそが、合宿の醍醐味なのだと、その日の私は知ったのです。 

「ひとり合宿」のはじめかた

ひとり合宿は、日常から少し離れて、自分の”今”と”これから”を静かに見つめる時間です。 ポイントは、 “問い”を携えて出かける こと。

立派な目標である必要はありません。 「今、これが少し気になっている」「ここを整理しておきたい」—— そんな軽い意図で十分です。 合宿という非日常の時間に、あらかじめ自分自身から “ひとつの問い” を手渡しておく。 そう考えると、準備のハードルがぐっと下がります。

【ステップ1】小さな芽を、書き出す

まずは、心の中にひっかかっていることを、ノートにラフに書き出してみましょう。

  • 最近気になっていること
  • 忙しさに流されてしまった、小さな違和感
  • そろそろ考えないと、と感じていること

こうした小さな芽をいくつか並べてみるだけでも、自分の今の関心が見えてきます。

【ステップ2】気になったテーマを、ひとつだけ拾う

書き出した中から、特に気になったテーマをひとつだけ、そっと拾います。 完璧さは必要ありません。 「これだ」と決めるというより、「今日はこれと話してみよう」くらいの軽さでいい。 拾い上げたテーマが、合宿の時間に同行する小さな相棒のような存在になります。

【ステップ3】そのテーマから、連想を広げる

次に、そのテーマから関連することを連想していきます。 たとえば「定年後の暮らし」というテーマを置くと——

  • 収入の柱をどうつくるか
  • 無理なく続けられる働き方
  • 住まいをどうするか
  • 健康をどう維持していくか
  • 自分らしい時間の使い方

といった項目が、自然と浮かび上がってきます。 事前にざっくりまとめておくだけでも、合宿当日に考えがほぐれやすくなります。

【ステップ4】”ほどく時間”も、予定に組み込む

ここが、私が実際にやってみて気づいたコツです。

合宿といっても、朝から晩まで集中しっぱなしでは、頭がかえって固まってしまいます。 思考の時間と同じくらい、 “ほどく時間” を予定に入れておく。

温泉、散歩、ひとりの夕食、好きな飲み物。 そういう小さな贅沢を、午後の思考のあとに用意しておく。 “考えた自分”を、”ほどけた自分”がそっと迎えに来る—— このメリハリが、合宿全体を心地よいものにしてくれます。

場所選びは、気軽でいい

ひとり合宿は、特別な施設に行かなくても始められます。 近所のカフェの片隅でも、図書館の一角でも、自宅の書斎でも構いません。
ただ、もし少し背伸びをして、観光地の宿や温泉宿を選んでみると—— “考える時間”が、ご褒美のような旅に変わってきます。 最初の一回は、少しだけ贅沢をしてみるのも、おすすめです。

まとめ

ひとり合宿は、何かを生み出すための時間ではありません。 忙しさの中で散らかってしまった自分を、もう一度ひとつにまとめ直すための、静かな時間です。
50代の”もやもや”は、放っておくと、いつのまにか日々の隙間に沈み込んでいきます。 だからこそ、一度きちんと外に出してあげる場面が必要なのです。
ノート1冊と、付箋ひと束と、ひとつの問い。 そして、誰にも邪魔されない数時間と、考え終わったあとの小さなご褒美。
それだけで、ひとり合宿は今すぐにでも始められます。
合宿が終わったとき、世界が劇的に変わっているわけではありません。 ただ、自分の中の小さな羅針盤が、ほんの少しだけ正しい方向を向いてくれている。 ひとり合宿が私たちにくれるのは、たぶんそういう種類の静かな贈り物です。

まずは週末、近場の宿でもかまいません。 ノートを一冊、鞄に忍ばせて、自分との小さな約束の旅に出てみませんか。


続きがあります

正直に書いておくと、この2泊3日で私は、持っていった四つのテーマのうちひとつしか形にできませんでした。

なぜ三つが残ってしまったのか。次はどう準備すればいいのか。 その答えは、帰ってから合宿の計画書を見返したときに、はっきり分かりました。

この後のすすめで書いていきます。

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